徐迪旻は上海のヒルズ族だった
徐迪旻(じょてきみん)は、非営利を掲げる上海のヒルズ族だった。
私が徐と出逢ったのはこの秋のことだ。待ち合わせに指定された空港に到着すると、洗練された身なりの4人の使者が現れ、まるで黙示録に出てきそうな黒い車に乗せられて、上海ヒルズへ向かった。
100階建ての金融ビルともなれば、星の数ほどオフィスが入っているだろう。しかし不自然なことに、メイン・エントランスの看板には、ひとつの社名の紹介もなく、ただ徐の法人だけが、まるで国の英雄を祝福するように掲載されていた。
私は社交的礼儀作法として、使者のひとりに「皆様の職場は、さぞ眺めがいいのでしょうね。」と訊いてみた。彼女はさもありなんと頷き、「さなぎが蝶になろうとする気持ちがよくわかる景色です。」と誇らしげな表情を浮かべた。
次いで、彼は何の仕事をしているのか尋ねると、彼女はいい質問ですねと指を鳴らし、「徐はいくつかのNPO(非営利組織)をやっております。」と答えた。しかしその説明は無理があった。プロフィットを目的にしない組織は、こんな場所をオフィスにはしない。
エレベーターを降りると、予想した通り、そこかしこに家財や美術品が飾られていた。私は試しにひとつの椅子を手に取り、その品を検索してみたところ、思わず小躍りしたくなるような値段が表示されていた。フロアごと売却したなら、慎ましい王国の国家予算くらいにはなりそうだ。
奥から現れた徐は、魅力的な笑顔と流暢な日本語で挨拶をしてくれた。差し出された名刺には、《NPO理事》と書かれていたが、私はこの男からどんな商談を持ちかけられても騙されまいぞと、キッと睨みを利かせた。
しかし私の警戒をよそに、徐は優雅にフロアを歩きながら、世界から蒐集したアートをひと通り紹介したのち、アメリカン・エキスプレスの専属コンシェルジュがやるように、我々を煌びやかなホテルへエスコートしてくれた。
「御夕食は18:00にご用意しています。政府の者もご紹介させていただきますので、それまでどうぞ、お部屋でお寛ぎください。」と、チシャ猫のように言葉だけを残して去っていった。
そこから三日間、私は徐の(有無を言わさないスマートな)案内に従い、上品な食事を食べ、上品な宿で眠り、上品な案内で上海を満喫した。あまりの手際の良さに、私はただ口を開けてなすがままにされるしかなかった。腕のいい奇術師がやるように、全ての会計は観客の見えないところで終えられていた。
結局のところ私は、徐の率いる集団によって、のっけからおもてなしの猛ラッシュを喰らい、何ひとつ報いることを許されなかった。中華系のNPOとはこういうものなのか、と深く関心せざるを得なかった。
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