2023-12-20

沖中由太は猛禽類のような専属トレーナーだった

沖中由太は、猛禽類の眼力を持った、専属トレーナーだった。

※猛禽類(もうきんるい):鷹や鷲など、鋭い爪と嘴で、動物を捕食する鳥類

初めて沖中と出会ったのは2022年の春で、私は熱心に身体を鍛えていた。その頃の私は、(加熱する筋トレ・ブームに乗り遅れまいと)アンパンマンのような強さを求めて、専属のトレーナーを付けては、休む間もなく重量で肉体を追い込んでいた。意図して増量するのは初めてのことだったので、私は教科書の模範的な回答に従い、鶏むね肉を食べ、プロテインを飲み、ダンベルと仲良しになった。

しかし、私の努力は期待と正反対の結果をもたらした。顔と腹が膨らみ、肌はサイのように乾き、慢性的な関節痛によって、二足歩行を覚えたばかりのドンキー・コングみたいな歩き方になってしまった。なにかが間違っている、そう感じた私は、知人を介して(専属トレーナーとして名を轟かせていた)沖中を紹介してもらったのだ。

彼のスタジオに伺うと、沖中は私の身体をひと通り観察してこう語った。「結論から言うと、あなたの骨格でそんな重さを持ち上げるのは、美脚のフラミンゴが人間ピラミッドに参加するようなものです。悪いことは言わないから、出場する競技を見直した方がいい。健全な筋肉を育むなら、重さより動きが大切ですから。」

熟練した心理捜査官は、表情筋の微細な変化から、容疑者の嘘を見抜くことができるそうだが、沖中も、関節の可動域や筋肉の収縮具合から、肉体が発する声を正確に読み取ることができた。その眼の鋭さは、上空1,500メートルから獲物を捉える猛禽類のそれであり、服の上からでも、筋繊維の一本まで透けて見ているようだった。実際に沖中の指導を受けると、狙った筋肉が、狙った方向に、狙った距離だけ動いたので、私は一切の重りを持たなかったにも関わらず、何日も(心地よい)筋肉痛が残った。彼のやり方は、棋士が駒を正確に打つのと同じように思えた。

沖中は施術をおこなう際に、何よりも自分の身体感覚を大切にしていた。しかし施術を離れると、彼は真摯な勉強家となり、暇さえあれば書物を読み漁っていた。解剖学に内分泌学、遺伝子工学や胚葉学と関心は多岐に渡り、そこで得た知識は、施術の論理的な裏付けになっていた。骨格に沿った機能的な肉体を見せられたときには、強いアンパンを目指していた過去の自分をグーで殴りたくなったものだ。

その時の思い出を話すと、沖中は笑いながら言った。「パーソナルと名乗る指導者の多くは、目の前の『個』を見ずに、みんなに同じ運動を勧めるんです。でもそんなものは、ドーベルマンもティーカップ・プードルも、まとめて番犬にするようなものです。僕はそういう勿体ないことはしたくない。」

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