スマホを持たない理由
肖像作家ナナシへの質問
なぜ、スマホを持っていないのですか。もしかすると通信費が払えないほど貧しいのでしょうか。
高知県20代女性、かつおのたたきさん
ご指摘のとおり、たしかに私は無職みたいな暮らしをしていますが、携帯端末をもたない理由は貧しいというだけではありません。水平線に煮え沈む夕日にみとれて、海に投げ捨てたからです。そのあと最新式のiPhoneを買うに相応しい日(りんご日和)を待っていたのですが、スギ花粉が猛威をふるっていたり、役所に行かなければならなかったり、湿度が高くて髪型が決まらなかったりと、先延ばしにしつづけた結果、「無いなら無いで案外いけるんじゃないか」と思うようになり、今に至りました。電話番号も海に沈みましたが、もともと私に電話をかけてくるのは、納税のお知らせとか、保険の勧誘とか、番号間違えのお爺さんくらいだったので、かえって良かったと思っています。
初見の相手に「スマートフォンは持っていない」と伝えても、一度では信じてもらえません。現代では携帯の普及率が百パーセントを超えていますので、一台も持っていないということは、すなわち人間ではないことを意味するからでしょう。くわえて私には固定の住所もありませんので、役所なんかではなかなかな苦労を強いられます。電話を持たないでどうやって仕事をするんだ、なにか隠しているんじゃないかと、あらぬ疑いをかけられることもあります。ためしに適当な番号を伝えたら、「ややこしいお爺さんに繋がったぞ」と怒られたこともありました。そのため今では《紛失中》とだけ伝えるようにしています。
インターネットは使います。いつでも使えるわけではありませんが、必要を感じたときには、Wi-Fiを備えたカフェやホテルに入って、パソコンを開いて接続します。会いたいときには会って、会いたくないときには距離を置き、会えないときには震える、まあそんな感じです。焼肉なんかでも、食べ放題だと味がわからなくなりますが、ひとつひとつ注文すれば美味しくいただけますよね。あれとおなじ原理で、使い放題を手放したことで、ネットのありがたみを噛み締められるようになりました。スマホを捨ててからは、心なしか金運と恋愛運があがった気がします。
さて、そろそろ貴方も捨てたくなってきたと思いますので、最後に大切なことを伝えます。それは《冷静になるまえに海へいけ》ということです。そりゃあそうです。合理的に考えれば、スマホを捨てるなんておおよそまともな人のやることではありません。頭が冷えるまえに、最寄りの海へいき、斜め四十五度の角度で力いっぱい放り投げましょう。ウォレットの残高とゲームのセーブ・データは消滅しますが、お釣りがくるほど魅力的な人物になれます。あわてて捨てて、ゆっくり後悔。これが成功の秘訣です。
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