2024-04-14

西村未来はヘア・カットに二時間半を要した

西村未来は、メンズ・ヘア・カットに二時間半を要した。

彼女の店に電話をしたとき、ヘア・カットなら二時間と三十分を見てほしいと言われた。その言葉に私は少なからずの警戒心を抱いた。なぜなら私の髪はショート・ヘアの分類に入る長さなので、どう頑張っても一時間以上は間が持たないように思えたからだ。二時間半も切られてしまったら、主要資産のひとつである毛髪がゼロになってしまう。そうすると、私は出家中のせんとくんみたいになってしまう。

そんな私の心配など素知らぬように、未来の口調は限定された時間の設定に対して、確信を抱いているようだった。二時間でも三時間でもなく、二時間半を用意してくださいと。いったい何にそんな時間がかかると言うのだ。ファースト・クラスみたいに、席に着くとキャビアとシャンパンが用意されるのだろうか。それとも、映画ロード・オブ・ザ・リングの鑑賞が始まるのだろうか。そのような想像をしていると、次第に私は《二時間半かけて行われる何か》が気になり始めてきた。そうして彼女の美容室を訪れることにした。

未来は初めに、毛髪に関して何かしらの問題を抱えた人が使うようなマイクロ・スコープを取り出し、私の頭皮の観察を始めた。農家が種を蒔く前に土の状態を確かめるみたいに、未来も鋏(はさみ)を持つ前に、手技で頭皮を整えるべきだと考えていた。厳選したハーブを使ったヘッド・スパは、美容師が任せられるべき重要な仕事のひとつなのだと。そうして約一時間の土台構築が行われた。

そんな人物が鋏を持つのだ。カットに時間がかからない筈がない。一通りの造形が終わった後も、未来は彫刻家のように細見と俯瞰を繰り返しながら、ミリ単位の調整を何度も重ねていく。あっという間に一時間が経ち、残り時間は三十分を切る。彼女は手際よく仕上げに取り掛かる。

美容師のなかには、髪を乾かしたのち簡単なマッサージをしてくれることがある。しかし多くの場合、それはただ慣習的に行われてきただけの形式的なものだ。「なぜ私があなたの肩を揉まなければならないのかはわからないけど、一応そうする決まりになっているから」という具合に。しかし未来のマッサージは、持病が完治し、効果効能が現れるまでやめません、という強い意志を感じるものだった。私の肩こりが酷いのか、いつまで経っても終わらないので、こちらから声をかけて中断を要求しないと、追加料金が加算され続けるんじゃないかと心配したくらいだ。このようにして二時間半のヘア・カットが終了した。

外科医のルーツは理髪師にあるそうだが、未来のヘア・カットはまさに、健康保険が効いてもおかしくはないだろう。

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コメント1件

  • 貴子 says:

    マイクロ・スコープの登場には驚きますね。
    よほど頭皮に問題があって、将来せんとくんのようになるのではないかと心配してしまいます。
    中世ヨーロッパの理髪師は『瀉血(しゃけつ)』という悪い患部の血を抜き取る治療を行っていて、3色カラーの看板の由来もそこからのようですね。
    きっと未来さんのマッサージは瀉血並の効果があるのでしょう。

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