本田裕典(キング)は令和のモンスターだった
本田裕典(キング)は、最も人を苛立たせた令和のモンスターだった。
2023年の冬、動画投稿サイトに現れた裕典は、観測史上最大のハリケーンのごとく、その冬の話題をさらっていった。人気が爆発した理由は、人を怒らせることについて、考えうる全てのことを(一片の悪意もなく)やってのけたからだ。
その技はもはや芸術の域に達していた。フェンシングの世界王者がやるように、人がもっとも嫌がる急所を的確に突いてきた。遅刻に言い訳、逆ギレに無反省と、コンビネーションも見事だった。歯を磨かず、髪も洗わなかった。もし『他人の心を掻き乱す選手権』が開かれれば、裕典は成人男性の部でかなりいい線までいくだろう。賞品としてマウスウォッシュくらい貰えるかもしれない。
彼の技術は、日を重ねるごとに磨きがかかっていた。視聴者たちは、次はいったいどんな技を見せてくれるんだろうと、怖いもの見たさで動画を待ち望んだが、中には裕典の奇行に心を乱され、あまり上品ではない言葉を投げ始める者もいた。
彼が現れてからひと月が経つと、最初の殺人が起きた山荘のように、怒りと嫌悪と困惑の感情が場を支配していた。コメント欄に並ぶ誹謗中傷のラインナップもかなりの品揃えとなり、ホッチキスでまとめればちょっとした小冊子ができた。もはや冷静な者は誰もいなかった。
「私はお前とは違うんだ!」と、みなが裕典に指を突きつけて声を荒げたが、そうすることで結局、彼と同じになっていることには誰も気づいていないようだった。どちらの側も困惑から拒絶をしているだけであり、その様子は第一次反抗期の幼児の姿と重なるものがあった。
思うに、たかが動画程度で心が乱されるなら、それは乱される側にも問題があるのではないだろうか。平時の裕典は、害にさえならないほどの小心者であり、不幸にも訪れた厄災的な人気の爆発に、動揺し、困惑し、溺れているだけなのだ。彼が普通の精神状態でないことくらい、偏頭痛持ちのアルパカにだってわかるはずだ。
もし私が裕典の立場なら、今すぐ電話を湖に投げ捨てて、誰にも知らせず車で北に向かうだろう。風景の良い場所を見つけ、ひとり読書にでも興じていれば、すぐに嵐は去るのだから。気を落とさずゆっくりやっていこうぜ。心を無くした人が言うように、確かに君には、なにか現実的に欠けているものがあるのかもしれないが、それを差し引いても有り余るほど、人を惹きつける強烈な吸引力があるのだから。
Leave a Reply