高柳沙月は客に容赦のない宿主だった
高柳沙月は、お客を容赦なく攻撃する古民家の宿主だった。
昨年の冬、私はふた月ほど、沙月(さっちゃん)が運営する古民家で過ごすことにした。当時の私は慢性的に疲れていて、「ゆっくり過ごすならこれ以上の場所はない」と知人から勧められたからだ。たしかに彼の言うとおりだった。お宿は清潔で温もりがあったし、海岸や星空は見飽きることがなかったし、さっちゃんは美人で親切だった。しばらくの間、私はくまのプーのように平和にこともなく過ごしていたが、二週目にある事件が起きた。
ある日の晩、いつものように滞在客たちと酒を飲んでいると、さっちゃんがゲーム機を片手に「みんなで格闘ゲームでもしませんか」と提案をしてきた。我々はちょうど退屈をしていたし、そのゲームは子どもの頃にやり込んだものだったので提案を呑むことにした。よし軽く遊んでやるか、と。
コントローラーを手にしたさっちゃんは、《ぐりとぐら》を読むときの子どものように、楽しみでたまらないという様子だったので、私は彼女を傷つけないように「それなりに善戦はしたけれど、あと一歩で負けてしまった」という演技をしようと決めていた。他の滞在客たちも表情から察するに同じようなことを考えているようだった。しかし第一戦目を終えたとき、我々の配慮はまったくの台無しになった。さっちゃんが操るピンクのゆるキャラは、牧歌的な世界の中でただひとり、ボクシングの世界チャンプを倍速再生したような機敏な動きをしているのだ。
あまりの強さに我々は言葉を失ってしまった。私が全身全霊の必殺技を繰り出しても、一対一では触れることさえできなかったので、仲間と手を組み二対一で挟み込むように襲い掛かったが、それでもコテンパンにされた。最終的に三人がかりで四方から攻撃をしかけたが、赤子の手をひねるように画面の外まで吹き飛ばされた。対戦中のさっちゃんは初めから終わりまで「ご満悦」という様子だったので、あまりの悔しさに私は三日ほど寝込んでしまった。
後日、私はさっちゃんに「なんでそんなに強いの」と尋ねた。「お客さんと仲良くなったり、話題作りのために始めたんです」と彼女は答えた。しかしそれは明らかに間違いだった。はっきり言って、仲良くなるには手加減がなさすぎたし、話題作りにしてはやり込みすぎだった。せめて「頑張りましたね」や「あと少しでしたね」という慈悲や慰めの言葉があれば救いがあるが、彼女はただ誇らしげに笑みを浮かべるだったので、敗者たちの怨念だけが蓄積されていた。
さっちゃんの強さはちょっとした評判となり、今では、我こそは倒さんと、まるで鬼ヶ島に向かう一行のように古民家を訪れる者までいるそうだ。しかし悪いことは言わない、お互いのためにゲームの提案だけは断った方がいい。コントローラーさえ渡さなければ、彼女は優しく聞き上手で、愛想のよい美人でいられるのだから。
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