2024-01-17

星野このみは芸術的なほど美味しそうに食べた

星野このみは、芸術の域に達するほど美味しそうに食べた。

このみは美味しいものに目がなく、隠れた名店や予約困難な店をいくつも知っていた。比良岳の山荘も、目黒の寿司も、向島の料亭だって一通りは押さえていた。彼女は未だ若い勤め人だったが、テーブルマナーが良く、美味しいものを口にしたときの反応が格別に優れていた。彼女と食事をするのは、劇団四季を最前列で見るようなものだったので、毎週のように食通から誘いが届いた。

ひとくちに《良い反応》といっても、ワインの愛好家がやるように、「大地を讃えるがごとく粒コショウの熟成香が漂いますね」とか、「草原を駆け抜ける少女の姿を思わせますね」のように、口先だけの言葉を並べるのではない。もっと全身を使って喜びを表現するのだ。目を見開いてわぁと感動する姿から、ため息を付きながら余韻にひたる様まで、だいたい三十五種類くらいの反応を使い分けることができた。そのコレクションには全部番号が振ってある。No.1からNo.35まで。彼女はそういうのをまるでゴルフ・クラブを選ぶように、状況に応じて使い分けるのだ。

昨年の夏、私は彼女との共通の知り合いから誘われ、食事をともにする機会をいただいた。店に到着するやいなや、このみは手を組んで目を輝かせ、はぁと息を呑んだ。これはNo.1の反応だろう。おしぼりを受け取るときには、これから何が始まるのかしらと、No.3の適度に抑制された笑みを浮かべた。飲み物を頼む場面では、主催者にシャンパンはどうでしょうかと、No.6の上目遣いを見せた。私は料理を味わうよりも感心してしまった。なるほどこの域まで達せれば、人は美味しいものを食べるだけでも誰かを感動させられるのかと。料理を運ぶ給仕係たちも舌を巻いており、このみに愛想よく微笑まれると「何もかもお盆に乗せて持っていきたい」という様子になった。

その日以来、私は特別な人から土産をもらったときには、このみに分け与えることにしていた。そして、彼女の豊かな反応を参考にしながら、送り主に感想を手紙で伝えた。「思い出しただけで恐ろしいです。食べれば食べるほどお腹が空くお肉でした」とか、「一度開けたら最後、瓶の底の一滴を求めて国同士が争いを始めるようなワインでした」といった具合に。しかし言葉で伝えられるのはこの程度だ。芸術的な反応をその目で見たいなら、このみに連絡をとってみると良い。彼女は食いしん坊なので、誘い手が取るに足らない人物であっても、美味しいフランス料理の提案には乗ってくれるかもしれないから。

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