佐々木俊輔は話を盛る癖があった
佐々木俊輔は、自身の話を四倍に盛る癖があった。
始めはちょっとした出来心から、女性の前で年収をスプーン一杯程度盛ったのだが、次第にそれは癖となり、(薬物中毒者が少量ではキマらなくなるように)話に辻褄が合わなくなるたび盛る量を増やし、最終的には《四倍増し》に落ち着いた。
つまり彼が「私は月に100万円を稼いでいます。」という時には、彼の月収が25万円であることを示し、「私は先月、8名の女性から同時に告白されました。」という時には、幸運にもふたりの女性の好意を勝ち取ったことを意味していた。
私が初めて佐々木と会った時、彼は4つの会社を経営し、8つの収入の柱を持ち、20ヵ国を旅した実業家だと名乗ったが、彼はつま先の尖った靴を履いていたため、私は初めから彼のことを信用していなかった。
というのも、私の家にはいくつかの厳格な家訓があり「靴の先端が尖った男は決して信頼してはならない。」というのもその教えに含まれていたからだ。
盛り癖という欠点に目をつぶれば、佐々木は憎めない性格をしていたし、傾向と対策がわかればその癖はむしろ彼の魅力にさえ思えたため、我々はたまに会って酒を飲む仲になった。
佐々木はよく話す男だったが、酒が入るとさらに饒舌になり、「近い将来モナコに別荘を買う予定だ。」とか「今の事業が落ち着いたらフィジーで美女と暮らす。」など、なかなか夢のある話をしてくれた。
次から次へと怪しげな投資話を持ちかけてきたので、退屈することもなかった。
何度か顔を合わせるうちに、私は彼の中に「話を盛ること」の他にいくつかの『無自覚の癖』があることに気づいた。
たとえば佐々木はポーカーをしているときに、水や酒をしきりに口にすることがあるが、これは彼がツーペアを揃えたことを暗示している。
肩や首を回したり、目を閉じて深呼吸をするようになったら、スリーペアの完成だ。そのくせ本人はそんなことは露ほども気づいていない。
そんな調子なのでもちろん私が勝つ。そして佐々木は首をひねる。「まるで君に心を読まれちゃってるみたいだな。」と言う。
「そういうわけでもないんだけどさ、君にはちょっとした癖みたいなものがあるんだ。」と私は言う。「気づかなかったな、まるでシャーロック・ホームズだね、君は。」「まぁね。」と苦笑いして答える。
そして今、佐々木は鼻腔を膨らませながら真っ直ぐにこちらを見つめてきている。
どうやら彼は首尾よくフラッシュを完成させたらしい。
お会いしたことがないのに、
鼻腔を膨らませている感じがありありと想像できて、
つい笑ってしまうのは何故なんでしょう。