2024-04-04

高嶋美里は不老不死を夢見ていた

高嶋美里は、ドバイの豪邸に暮らし不老不死を夢見ていた。

美里は、いい意味においても悪い意味においても、平均から外れた非常識な人物だった。具体例を挙げるなら、彼女の家のひとつにはトイレが7個付いていた。バスルームは4つあり、パーティールーム(パーティールーム?)にはマグロの解体ショーができる台が備えられていた。3つある玄関にはそれぞれ、慎ましい四人一家が暮らせるんじゃないかと思えるほどのゆとりがあった。付け加えると、家は都内だけでなく海外にもあり、しかも彼女は旅ばかりしてほとんど帰っていなかった。電気・ガス・水道のことだけを取り上げても、ひとりの消費量としては環境に負荷をかけすぎていたし、美里はそのことを自覚さえしていない様子だった。環境活動家が知れば、新宿あたりでデモ行進が起きても文句は言えないだろう。

美里が相当に稼いでいるというのは疑いようがなかった。しかし、肝心の仕事の内容については、誰にもわからなかった。彼女と付き合いのある者たちは、見るからにひと癖もふた癖もある人物ばかりだったし、彼らとの会合は、ドバイやマカオといった『何をしているのかわからない人たちが集まる場所』で行われていたからだ。美里は彼らとの交流のなかで、暗号資産や医療の利権、不老不死の薬など、次から次へと怪しい情報を仕入れては、インターネットで発信をしていた。ほとんどの場合、それは善意からの行動だったが、彼女の話し方は、聞き手の心にどことなく『不安を煽られているような印象』を与えるところがあったので、幸薄そうな者たちが救いを求めてわらわらと集まっていた。そういうわけで彼女の周りには、いつも怪しげな儲け話と経済的敗者の影が漂っていた。

あるとき、私は知人から「不老不死を求めている女性がいる、会ってみないか」と、(今思えば相当に酷い)紹介を受け、都内で会う約束をした。はっきり言って気乗りはしなかったが、当時の美里は世間から《ネットビジネス界の女帝》と呼ばれていたので、もし断りでもしたなら、髄液または幹細胞を狙われるかもしれないと思い、恐怖に震えながらデート・プランを組んだ。しかし実際に会った彼女は、予想に大きく反して、普通に礼儀正しく、普通に常識的で、普通にいい人だった。我々は新宿でうなぎを食べ、青山の美術館へ行き、麻布でエステと割烹を楽しんだ。彼女との会話は刺激的で退屈せず、人生においてもそう多くないとても充実した一日だった。結局のところ、人の噂なんて無責任で尾鰭がつくものである。

 

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