2024-04-19

山之口澪那はわんこの化身だった

山之口澪那は、尻尾をふりふりさせるわんこの化身だった。

澪那は間違いなく、秋田県産わんこの生まれ変わりだった。もちろん私には、他人の前世を見通せる超常的な眼力は持ち合わせていない。しかし、彼女の行動原理は秋田犬そのものであり、付き合いを重ねる度にそれは確信になった。

たとえば彼女は、独りで過ごすことを極端に嫌がり、構ってくれる誰かを見つけては、可愛い顔をして近づく習性があった。食事の際には、口に入れる前に鼻で匂いを確かめ、ザクザクした食感に喜びを感じるふしもあった。見知らぬ誰かに対しては、クールで自覚的な態度を取ったが、一度心を許した相手には、「どこまでもついてきますワン」という様子で懐いた。誰かが彼女の家を尋ねれば、それがたとえ真夜中であっても熱烈に歓迎をされたし、街で姿を見かけると尻尾を振りながら猛ダッシュで走り寄った。星座も動物占いもトーテム・アニマルも、もしそこに犬の項目があれば(無いことが残念だが)、間違いなくオール・わんこだったに違いない。

主人を守るために、身を挺して危険を犯す忠犬がいるように、澪那も見ているこちらが心配になるほど、献身的な性格の持ち主だった。どんなときでも、自分のことよりも他人を優先し、少しでも喜んでくれる可能性があれば、そのために手間暇をかけて尽くすことを惜しまなかった。独りで何かを成し遂げることに動機は働かず、一緒に喜び、一緒に悲しみ、一緒に乗り越えることを望んでいた。澪那の献身は、あまりに純粋で真っ直ぐだったため、そこには同時に自己を犠牲にする危うさを含んでいた。実際に彼女は、都合よく遣われたり、善意につけ込まれることも少なくはなかった。

しかし心配は要らない。澪那はただのお人好しではなく、わんこの化身である。人とわんこは一万年もの間、友好的な関係を保ってきたのだ。澪那に懐かれた者たちは、屈託のない素敵な笑みを投げかけられたり、あごのせ甘えん坊攻撃をされたりしたので、そのあまりの愛くるしさに、注がれた愛情以上のものを彼女に与えてやりたいと自然に思うようになった。わんこの飼い主が、自分が食べるもの以上に良いものを与えたり、その子を褒められることが至上の歓びに感じることがあるように、澪那と関わりを持ったものは、気づけば、写真のフォルダや連絡の履歴が彼女一色になっていた。

北風より太陽。可愛いは正義。献身の連鎖を起こす彼女を見ていると、その格言の奥深さを思い知らされる。

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コメント5件

  • Rena Yamanokuchi says:

    客観的に自分を見つめる機会というものは少ないのですが、なるほど、今の私には わんこという表現がとてもしっくり来ます。

    本来私は簡単に気を許すタイプではなく、一匹狼で構わない、どちらかと言うと人間不信な節すらもありました。
    実際、大切にしたいと思う、心を許せる友人、尊敬できる友人なんて大学に入って初めて見つかったくらい、他人への関心もない、冷たい人間でした。

    今の私があるのも、尊敬できる方々に出逢えたことや、そんな尊敬する大切な方々に、日頃から大切にして頂いているからこその連鎖です。心から有難いと感謝に堪えません。
    出会ってくれて、大切にしたいと思わせてくれて、本当にありがとう。

    そして、改めてこのことに気づく時間をくださったナナシさん、心からありがとうございます。

    次にお会いするまでに、景色と香りの良いお散歩コースと、中でも格別に美しい時間帯をお探ししておきますので、ぜひ一緒に歩いて頂けると幸いです
    フリスビーやボールなんかも準備しておきますので、何卒

    • 肖像作家 ナナシ says:

      澪那さん、描かせていただき有難うございました。
      この数年で激変されたのですね、お話には訊いていましたが上手く想像ができないくらいに今の澪那さんは素敵だと思います。
      美味しいビーフ・ジャーキーをお持ちしますので、ぜひ気持ちの良い日に散歩しましょう。

  • 貴子 says:

    これ以上の比喩はないほどですね。
    これだけ、献身的に人に尽くし懐く姿は忠犬ハチ公顔まけでよね。
    そして、ずっと見ていていたくなるような愛くるしさ。彼女にお願いされたら決してNOとは言えない、むしろこちらから懇願してしまうほどの不思議な魅力の持ち主。彼女の好きな食べ物、ふかふかのお布団を用意してまた待っています。

    • 肖像作家 ナナシ says:

      飼っているつもりが、実は飼い慣らされている。
      貴子さんはもう彼女の手の中なのかもしれません。

    • Rena Yamanokuchi says:

      私が大切にしたい天野家の皆さま。
      いつも美味しいお食事と温かい家族の空気感、駅までの送り迎え…。
      全てが本物の実家よりも心地好く、大好きな、かけがえのない存在です。
      本当にいつもありがとうございます。
      またマンゴー引っ提げて天野家へお邪魔させて頂きます。

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