2024-04-30

半沢淳一はドラマの筋書きをなぞる人生だった

半沢淳一は、国民的ドラマの筋書きをそのままなぞる人生だった。

実直な銀行員である半沢は、慎ましくも穏やかな暮らしを望んでいた。大学を卒業して二十五年、与えられた仕事を丁寧にこなし、間違っても余計に目立ったり誰かと争うことはなかった。しかし彼の人生は、ひとつのテレビ放送によって奇妙な方向に変わってしまうことになる。

ある日の夜、半沢が家族と食事をしながらテレビをみていると、突如、威厳のある音楽と共に、自分の名前が画面に映し出された。日曜劇場『半沢直樹』と。下の名前こそ異なっているものの、主人公は自分と同じ銀行員で、勤めている場所も同じだった。半沢という名の行員など滅多にいるものではないし、自分の部署の前任者は直樹という名前だった。おまけにドラマの原作者は入校時の同期だったので、この半沢直樹なる人物が、半沢の一部を題材にしていることは、殆ど疑いようがなかった。穏やかな暮らしが崩壊する予兆を感じながら、展開を見守るしかなかった。

テレビの中の半沢は、それなりに芯のある男ではあるが、「やられたらやり返す」だの、「くそ上司め覚えていやがれ」だの、決して自分が口にしない言葉を吐き捨てていた。頭取を目指す野心家で、上司や省庁にすぐ楯突き、非合法なこともやっていた。半沢が最も苦手とする暴れ狂うニワトリみたいな行員だった。これはまずいな、作り話だとはいえ、あらぬ噂が広まってしまいかねないぞ。半沢は生きた心地がしなかった。

翌日出社すると、案の定、行内は騒ついていた。あの穏やかな半沢部長は、実は腹の中で頭取の座を狙っているのではないか。優しい笑顔の裏側で、凄まじい転覆計画を企てているのではないか。誰もが半沢に気を遣うようになり、部下たちの動きにどことなく緊張の気配を感じるようになった。半沢が培ってきた人物像は、ドラマが進むに連れてあらぬ方向に誤解されるようになった。名刺交換をする際にも、自分は他人なんです、決して脅す気はありませんと、いちいち釈明をしなくてはならなかった。彼の意に反して、半沢直樹は歴史的な視聴率を記録し、現実の半沢もちょっとした有名人になっていた。

テレビ・ドラマが終了すると、まるで物語のバトンを引き渡されたかのように、半沢は執行役員に昇進した。その後も、常務に取締役と異例の速度で出世を重ねた。取締役会では、誰もが半沢の言動に耳を傾けた。やがてドラマの第二シーズンが始まり、テレビのなかの半沢も、現実の半沢に劣らぬほど大躍進した。放送が完結した二ヶ月後、半沢は十三名の役員を追い越して、日本最大の銀行の頭取に任命された。事実は小説より奇なり。

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コメント1件

  • 貴子 says:

    半沢淳一さんに限らず、肖像作家ナナシ作品
    に登場する人物も皆小説の主人公のような人生ですよね。「ビジョンボード」や大谷翔平選手が書いた「マンダラチャート」で夢が叶うように、案外人生って筋書き通りに行くものなのかもしれませんね。

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