2024-04-18

細田愛純は時空を超えて旅をすることができた

細田愛純は、時空を超えて旅をすることができた。

愛純は極めて優れた想像力の持ち主だった。彼女が目を閉じれば、そこが大都会の喧騒であっても、意識と感覚を瞬時に別の次元に移すことができた。鳥になって街を俯瞰したり、過去の人物と会話をしたり、そこに物理の法則は働かなかった。静寂の自然に身を置けば、さらに自由度をあげて、時空を超えた旅をすることができた。愛純はまるでロール・プレイング・ゲームをやるみたいに、あるときは魔法使いとなって世界を救い、また別のあるときには、エルフの弓使いと恋に落ちた。それは頭だけで行う妄想ではなく、身体感覚を伴う肉薄した現実だったので、彼女は紛れもなく熟練した探検家だったが、周りからは、引きこもりがちな寝不足娘に思われていた。

愛純は想像の旅に発つ際に、航空チケットを買うように本を手に取った。想像力を上手く働かせるためには、映画やテレビのような具体的な情報よりも、文字や音楽といった抽象的なものの方が都合が良いからだ。とりわけ現実社会からかけ離れた、西洋の神話や宗教音楽を好んだ。古代の世界で、ユニコーンやペガサスと遊ぶのは心躍ることだが、「田舎娘の上京物語」や「銀行員の成り上がり劇」を題材にしても、凡庸で退屈な旅になってしまうからだ。

想像の旅の素晴らしさが、錯覚ではないことを確かめるために、愛純はたびたび現実世界でも旅をした。マダガスカルの大地にメキシコの古代遺跡、プラハやフィレンツェ、アムステルダムの美しい街並みを自らの目で見て歩き、その度に確信を深めた。確かに心惹かれるものはあるが、私はもっと面白い世界を知っている。千夜一夜物語の星空や、竜宮城での踊り子の舞いに比べれば、これらの美しさは未だ現実世界の延長線上であって、決して人智を超えるものではない。しかし、周りの大人たちはみな、彼女の想像ではない方の旅ばかりに興味を示した。そのことに愛純は驚き困惑した。誰も彼も、想像の旅をしていないんだ

そうして彼女は、職業的表現者になる道を選んだ。執筆に能楽、絵画に歌唱、バレエに演劇、自分の観ている世界を表現し得る技であれば何でも学んだ。この世界に人生の選択肢がどれほど多く存在しようとも、表現者になる以外に自分の進むべき道はない。その決意は千歳の岩のように堅く、妥協の余地のないものだった。地球上の生物でただ唯一、人間だけに与えられた《想像の魔法》を取り戻すために。

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コメント3件

  • 貴子 says:

    《想像の魔法》をきっと小さい頃は使えていたのだろうけど、大人になってすっかり使い方を忘れてしまっているようです。最近出会った地球に生まれて6年ほどの少年と会話をしたのですが、何を見ても想像力豊かな発想の発言に驚きました。きっと、愛純さんはそんな純粋無垢な子供の心を忘れないまま大人になったのでしょう。

  • 肖像作家 ナナシ says:

    愛純さん、描かせていただき有難うございました。
    多様なご経歴を訊いて、最初は繋がりが見えませんでしたが、「想像したものを表現する」という文脈に当てはめると、極めて一貫性がある生き方だと感じました。
    これから力を入れて取り組まれる歌手の御活動も心から応援しております。

  • あずみ says:

    素敵な物語として描いてくださってありがとうございます。
    「時空を超えて旅をする」という解釈がとても気に入りました。

    こうして人生の軌跡を並べてみると、「様々な方法で表現しようとしてきた」と気づけるので、理想の世界に生きていけるという確信を持てました。

    《想像の魔法》をより現実で表現できるように学び続けます!
    いつもありがとうございます。

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